BIOGRAPHY

  • 1966年09月19日
    東京都墨田区に生まれる。(4000グラムもあったらしい)

  • 1971年04月
    江東学園(幼稚園)入園 (喘息で半分くらいしか行ってない。怪獣が大好きだった!)

  • 1973年04月
    菊川小学校入学(絵や工作が好きな子だった)
    =プロレスはなんとな見た程度、猪木-アリ戦はつまらないから途中で遊びに出かけたよ!!=

  • 1975年
    3年生で剣道を始める (6年生になるまで友達に全然勝てなかった、でも武道館デビューはこの時)

  • 1979年04月
    竪川中学入学(入ったときは他所の小学校から175センチある奴がいてビビッたけど、卒業の時軽く抜いていた)=アントニオ猪木の「君よ苦しめ、そして生きよ」を読みプロレスにのめり込む。=
  • 1976年05月
    剣道部入部(結構強いチームだったよ)

  • 1981年04月
    3年生の時剣道部主将を勤める(歴代ワースト1キャプテンだった!
  • 1982年04月
    東海大学付属相模高校入学(柔道の山下、巨人の原、そしてプロレスラーの高山善廣)
    軽音楽部入部 (ハルク。ホーガンの様にミュージシャンから、プロレスへ??)

  • 1982年07月
    軽音楽部を退め、ラグビー部へ入部
    (夏休みから始めた。それからは、朝バーベル授業中睡眠、 放課後ラグビー、夜ヒンズースクワットの毎日)

  • 1985年04月
    東海大学入学(スーパーミラクル!毎日授業中寝てたけど?)

  • 1985年05月
    アメリカンフットボール部入部(ハンセン、ブローディのように!)

  • 1986年08月
    退部(ナンカ、違ったんだよねー!?)

  • 1987年
    UWF入団(前田さんが猪木さんの首狙ってた時!)

  • 1987年
    逃げる&バカ大将生活を満喫!(あの時、残ってた子は元気かなー?)
    (コーラ屋,築地のマグロ屋、青果市場荷積み、 デニーズ、ローソン、色々やって金貯めてアメリカ横断バスの旅に出かけた!! そしてライフガードを江ノ島で始める。)

  • 1988年08月
    宮戸選手と運命の再会(江ノ島東浜パトロール中、運命の再開!)

  • 1989年03月
    東海大学卒業(学校側の強い希望で余分に1年多く在学!沢山勉強したから今、べシャリがさえている)

  • 1989年09月
    サラリーマンとして就職(新卒では無く卒業した年の江ノ島の夏雄終えてから!目ん玉マークの名刺、持ってました。通勤電車がドナドナの荷馬車に感じて毎日ユウウツ)

  • 1990年
    会社を止めUWFインターナショナルに入団(過労死恐れ、脱サラ)

  • 1992年06年28日
    福岡博多スタレーン大会(金原弘光戦)でデビュー。
    (お客さんの声援でマットから20センチくらい浮いてるような感じだった)

  • 1996年12月27日
    Uインター最終興行@後楽園ホール vs高田延彦
    一度逃げて、付き人してた人とこんなに短期間でメイン張れる事が嬉しかった。会社潰れる寂しさは無かった)

  • 1996年12月
    Uインター崩壊。(その後キングダムへ移籍。)

  • 1997年01月
    全日本マット参戦を表明。(この時、新日本選んでたらどうなってたかな?)

  • 1997年03月01日
    ゲーリーオブライトとのコンビでいきなり世界タッグに兆戦するも敗退。
    (ゲーリーは本当にUWFの時から仲よかったんだよ)

  • 1998年01月
    キングダム崩壊(いいメンツ揃ってたね)
    フリーとして全日本マットを主戦場にする。
  • 1999年05月
    全日本に正式入団。『NO FEAR』結成
    (外様とウダツの上がらない奴、二人の大博打! 大森 隆男がチーム名決めなくてはというので 俺がT-シャツブランドからパクって決めた)

  • 1999年06月04日
    アジアタッグを奪取。第66代王者となる。(力道山が巻いてたベルトだぜ、もう少し大事にしたら?)

  • 1999年07月23日
    第38代世界タッグチャンピオン ! アジアタッグと合わせ史上初のタッグ三冠王となる。(大した事じゃないよ)

  • 2000年06月
    全日本プロレスを離脱。(スグ潰れるかと思ってたけど、判らないもんだねー)

  • 2000年06月
    プロレスリング・ノアへ参加。(白コスチューム今度は、いつ着ようかなー)

  • 2001年02月28日
    ノアを退団。フリーとなる。
  • 2001年04月15日
    ノア・GHCヘビー級王座決定トーナメント決勝進出
  • 2001年05月15日
    体調不良(腰部の古傷に膿が溜まった為による発熱)参戦していたNOAH5月シリーズを途中欠場。
    ※欠場はプロになってから初めて(病院で、即手術と言われた時は目の前本当に真っ暗になった)

  • 2001年05月27日
    PRIDE14 vs藤田和之 @横浜アリーナ:メインイベント2R・2’18レフリーストップ(肩固め)で破れる。
  • 2001年12月09日
    NO FEAR vs 三沢光晴・小川良成組 でGHCタッグ選手権第3代チャンピオンとなる。
    (俺たちは手放すまで毎回、腰に巻く前自分たちでベルト磨いてたんだぜ!)

  • 2001年12月23日
    PRIDE18 vsセーム・シュルト 1R 3’09(KO)で敗れる。
  • 2002年05月02日
    IWGPヘビー級選手権。vs永田裕志 新日本プロレス旗揚げ30周年記念興行
    15’36ハイキック→片エビ固めでに敗れ IWGPのベルト奪取ならず。
  • 2002年05月
    NO FEAR解散(俺は一夫多妻制が好きなの!)

  • 2002年05月26日
    NO FEAR対決。(高山、杉浦vs大森、モハメド・ヨネ) NOAH・シリーズ最終、
    北海道メディアパークスピカ大会 最後は高山が大森から”餞別ジャーマン”で3カウントを奪う。
  • 2002年06月07日
    vs中西学(ジャーマン封印マッチ)新日本日本武道館大会 17’50、膝蹴りからの片エビ固めで破る。
    (野次元殺法恐るべし!!)

  • 2002年06月23日
    PRIDE21vsドン・フライ@さいたまスーパーアリーナ:メインイベント
    開始早々からノーガードで殴り合う凄まじい試合を見せ、観客を沸かせる。
    結果(1R/6’10)で破れたものの、PRIDE史上でも類を見ない試合内容に、高山の評価が高まる。
  • 2002年08月
    新日本G-1に初出場、準優勝。
  • 2002年09月07日
    vs小川良成 NOAHシリーズ大阪   小川を敗り第4代GHCヘビー級チャンピオンとなる。
  • 2002年12月31日
    INOKI BOM-BA-YE 2002  vsボブ・サップ@さいたまスーパーアリーナ:メインイベント)
    1R 2’16 腕ひしぎ逆十字固で敗れる。
  • 2003年01月04日
    NWFヘビー級王座決定戦 vs高阪剛   新日本プロレス1.4東京ドーム大会「WRESTLING WORLD2003」
    10’19体固めで勝利を納め、 新設NWFヘビー級チャンピオンになる。歴代としては18代目。
  • 2003年05月02日
    永田裕二を破り、IWGP ヘビーウエイトチャンピオンを奪取!
  • 2004年08月08日
    新日本プロレスG1 CLIMAX のvs佐々木健介の後に脳梗塞で倒れる。
  • 2006年
    NHK大河ドラマ「功名が辻」に蜂須賀小六役で出演。
  • 2006年07月16日
    プロレス復帰。高山、佐々木健介 vs 三沢、秋山   NOAH武道館大会での復帰をはたす。
  • 2009年03月14日
    全冠制覇! グレート・ムタを破り三冠ヘビー級王者になったことで史上初のメジャー3団体の主要タイトルを                  獲得したこととなりメジャー完全制覇、グランドスラム達成とよばれる。